アーサおじさんのデジタルエッセイ97
日本鑑定トップ | デジタルエッセイ目次 | 前に戻る | 次へ進むその頃、ジュークボックスはピカピカして、はやりの喫茶店ではフロアの中央できどって立っていたもんだ。
ガラスの中にはロボット(装置)がいた。そいつがレコードを指示通りにつまむ技は見事だった。
世間には、タバコの小さな自動販売機が登場したくらいの頃だ。僕は、そんな言葉はまだなかったが「卒業旅行」で伊勢・志摩を一人で歩いていた。
旅館を出てから、喫茶店に入り、トーストで朝食を取っていた。あるいは観光地巡りでの昼食だったか。のんびりとして、たまに誰かがジュークボックスで曲を鳴らしていた。学生は金を持っていないから、百円玉をそいつに投げ込むことなんて出来ない。
他人が選んだ曲のおこぼれを、被害者のように聞くしかない。
そう、きっとお昼時だったのだ。首にマフラーを巻いた眼鏡の平凡なサラリーマンが、立ちあがりレジに向かう。金を払いゆっくりとジュークボックスの前に立った。じっと選曲をしている。やがてコインを投入し、選曲ボタンを押した。ロボットのやつは指示に従いポテトチップスのようにズラリ並んだレコードの前を動き始めた。サラリーマンは扉に向かうと外にでた。ドアのカウベルが「ボロン、ボロン♪」と鳴った。
ロボットは指定のレコードをつまむ。ひっくり返して皿の上に置く。間があって音楽が鳴り始めた。
「あっ」僕は、声をあげた(心の中で)。サラリーマンはいない。ロボットはクライアントがオーダーした曲を奏でている。それを聴いているのは、残りの客だ。
サラリーマンは何をしたのだろう。学生の僕には不可解であった。感情のない機械は、曲以外もう何も伝えてはくれない。
サラリーマンが、本当は何をしようとしたのか、これは記憶の中の「智慧の輪」である。
「また、お会いしましょ。」 2002年2月10日更新