アーサおじさんのデジタルエッセイ95
日本鑑定トップ | デジタルエッセイ目次 | 前に戻る | 次へ進む栗原はるみさん(料理研究家)が「家事の10か条」というものを作られている。
3番目まで紹介すると、
1.家族より早く起きる。
2. 毎日の料理は残り物を一工夫して出す。
3. 窓ガラスはいつもきれいにする。自分へのご褒美のお茶を飲むとき、窓越しの庭の風景もきれいに見えて楽しめるから。
……とあって、このご褒美のお茶というのは、おいしく淹れたミルクティーだそうだ。
僕はこの『ミルクティー』を人生のキーワードにしているので、驚いた。どんなことかと言うと、本当は書きたくないのだけれど――向かいあってゆっくりとお話しするほうがいいのだけれど――それは、こんな事。
昔、ビートルズがイギリスの小さなパブで初めての有料ライブをやった時のことだ。4人で何ポンドかもらって、それで、すっかり客の帰ったパブで初仕事の打ち上げをやったんだ。みんなでトーストを頼んだ。そしたら、飲み物の費用までは出せなかった。パブのおやじがそれを見て、「飲みなよ」と言って、みんなに"ミルクティー"をおごってくれた。
僕は、この話にひどく感激した。どうして?って。この親父がおごった相手は「ビートルズ」じゃないんだよ。ただの「若造の4人」だったんだから。ほとんど誰も相手にしない習いたてのロック狂いの若者に、『ミルクティー』を振舞ったんだ。人は、どんな時に何をすべきか、ということを感じた。相手を見て高価なものを贈るのではない。忘れてしまうことが前提で、自分に何が出来るかということ。若造達も「イエーイ、おやじ最高!!」と騒いで終わり。
もちろん、忘れられなかったから、何かに書かれたのだろう。しかしおやじは、たいして覚えてはいないのだろう。これが"ミルクティーの秘密"である。僕達は人生の中で、苦しんでいる他人を救うことが出来ないことがある。家族として迎えることも出来ないし、全財産を与えることも出来ない。でも、ささやかに一杯のミルクティーを淹れてあげることは出来るかもしれない。思い出せば、自分もいろいろな人にミルクティーをもらって、ここまで来た。沙漠での一杯の水も大事だが、ここには何かがこもっていたのだ。暖かかった。それ以来、僕自身が、居合せたどんな相手にでも、一杯のミルクティーを、あげられる人間になろうと思ってきた。その人が『ビートルズ』であろうとなかろうと、丁寧においしく淹れてあげたいと思う。
「また、お会いしましょ」