アーサーおじさんのデジタルエッセイ549
日本鑑定トップ | デジタルエッセイ目次 | 前に戻る | 次へ進む 世の中は競争で出来ている。
企業活動もしょせん競争でできている。
競争の要素は、技術、サービス、そして価格であろうけれど、結局は「時間の競争」がネックとなる。
同じものがあるなら、全て早いものが競争に勝つのである。
だから、企業は技術開発を急ぎ、サービスを急ぎ、その後に適宜価格を提案する。
抜きん出て早ければ早いほうがいいのだけれども、そううまくは行かない。
「砂時計を叩く」ようなことをしても、砂は決して進まない。
これが世の中の法則である。
競争の原理でこなせるものと、その限界とである。
私たちは人生でしばしば、この時の壁にぶつかる。
−−−語学の勉強をする。
もし時間が短縮できるのなら辞書を一日で「読破」すればよいことになる。
しかしまったく頭に入らない。
文字面を覚えているのに、全く意味が覚えられない単語が沢山ある。
紙に書いて壁に貼り、半年たっても覚えない言葉もある。
クセのあることばである。
あるいは背景が深い言葉である。
そんな時は、どうするか。
ただひたすら丁寧に、読んだり、書いたり、文例を味わっていくしか方法がない。
そして「むらす」「ねかせる」「一日おく」のである。
発酵というのは「語学」の料理法でもある。
どんな単語もやがて別の文章の中で思わず出くわすことがある。
久しぶりに漬け込んだ壺の蓋を開けたようなものである。
そうするとじわっと、その単語が醸しだす香りや味わい、独特の空気が伝わることがある。
一日に数個かもしれない。
けれど、数か月もたってから「デ・ジャ・ヴ」のように、自分の体に反応するものが生まれ、やがて使えることばになるのである。
それはワインのように豊潤に薫る。ことばは文化の発酵菌とともに生きているのである。
◎ノノ◎
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「また、お会いしましょ」 2011年7月2日更新