アーサーおじさんのデジタルエッセイ546
日本鑑定トップ | デジタルエッセイ目次 | 前に戻る | 次へ進む ねむい。頭が活性化していない。
			昨夜あまり眠れなかったのが響いているのだろう。
			エッセイのネタがない。
			とほほ。
			ポケットに手を突っ込んでみる。
			何もない。
			ポケットの底にほつれがあるくらい。
			目の前にも変わったものが見当たらない。
			視界はどよんとしているみたいである。
			 まるで徹夜仕事明けの日みたいな気がする。
		

 徹夜。
			若い頃はそういうことがあった。
			しんどいが充実していたかもしれない。
			仕事が完了したあとで眠るのが楽しみであった。
			解放されても、まだまだ起きて自由時間を噛み締めていた。
			例えば喫茶店にはいり、うんと贅沢なコーヒーを頼む。
			ブルーマウンテンとか、ウインナーコーヒーとか(少し古い話)、そしてクラブハウスサンドイッチとか、スパゲッティとかを注文する。
			完了した仕事の出来栄えなど反芻する。
			まだまだの出来だが、この時間で終えたのだから、まあ合格だろう。
			考えているつもりで、いつのまにか頭は真っ白の画面を見詰めている。
			思考が供給されない。
			脳のグリア細胞もシナプシスのスタッフも、思考供給のパイプを握ったまま、座り込んで目を閉じてしまった。
			どこか涅槃の隣側で時間を過ごしていたようだ。
			気がつくと目の前に、スパゲッティの皿がある。
			ああ、皿がある。
			 全身の部分がそれぞれのミッションを果たすことができず、全身は全身として均一に認知されるしかなくなり、空気や植物と距離に関係なく同化し始め、視覚によって世界を認識することがなくなる。
			 タイムマシンのスイッチが点火され、わたしは、赤ん坊の頃や、まだ見ぬ老後のまどろみに繋がって、時空を超えてしまったようだ。
			              ◎ノノ◎
			              (・●・)
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          「また、お会いしましょ」 2011年6月11日更新