アーサーおじさんのデジタルエッセイ496

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第496 奇跡の二分の一 


 数年前、知りたいことがあった。
それは19世紀後半から20世紀初頭に活躍したある画家に関するものである。
どんなに書店を探しても日本語訳はない、あるいは国内のどの美術館も持っていないような画家である。
しかし西欧では絶大な人気を博した画家である。
オルセーにも、大きいものが何点かあるはずだ。
米国ではあちこちの美術館が蔵している。
水彩画の教書に数枚載っていたし、米国のインターネット・サイトで見ることも出来た。
私は何とかしてもっと見たかったのだ。
 あるとき自宅の古い新聞切り抜きをひっくり返していたら、読売新聞だったか、その作家の展覧会の告知記事が出て来たのだ。
1989年頃の記事で、山口や熊本で巡回展が行われたという記事である。
びっくりした。熊本の美術館、山口の美術館に電話をして問い合わせたが、そんな古いカタログはもう在庫がないということであった。
山口の学芸員の方が、残っていた美術館報を送ってくれた。
私はお礼の手紙を書いた。
それだけだった。

 それから数年、私の探索放浪が始まった。
やっと洋書をアマゾンで探し、結局のところ、既に何冊かはそうやって手に入れた。
熊本の丸善書店で新しいものも見つけた。
そうやってそこそこ溜飲を下げた。
 先週、ある待ち合わせまで時間が余っていたので、渋谷に寄った。
B古書店に寄る。
もう欲しい本も無い。
惰性で美術書のコーナーに寄る。
すると、その20年前の正に1989年の巡回展のカタログがある。
僕はゆっくりとその本を掴み、どうでもいいという感じで他の本の背を眺めまわした。
実は「そんな、そんな!」という気持ちを抑えていた。
これは夢ではないか?そうして、じっとその重みを味わっていると感激で涙が出て来た。
「見つけた!」手の中の本のタイトルが変わってしまうのではないかと恐れた。
しかし、夢ではなかった。
表紙の内側には、すっかり黄色くなった開催時の読売新聞の解説切り抜きが挟まれていた。
それは私の持っている記事とは別のものだ。
元の持ち主が、今私に届けてくれたのだ。
ほくほくと産みたての卵のように温かいそのカタログ、それは奇跡の二分の一くらいであるはずだ。


             ◎ノノ◎
             (・●・)

         「また、お会いしましょ」  2010年5月30日更新


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