アーサーおじさんのデジタルエッセイ372
日本鑑定トップ | デジタルエッセイ目次 | 前に戻る | 次へ進む オリンピックでは聖火が点されると、まるでそれがひとつの命であるかのように大事に、大事に運ばれる。
でもそれは一つの象徴であるから、本当は消えても誰も死にはしない。
戦争の話をNHKでやっていた。
太平洋戦争開戦前にアメリカから注文を受けたチューリップの球根を輸出しようとして中断した話。
嬉しそうに木箱に大量の球根を詰めている。
富山県の村である。
ここは戦前からチューリップの球根栽培の地であり、伝統的に技術があった。
しかし、港で電報が入り、アメリカへの輸出が閉ざされ、夢は泡と消えた。
戦争が開始されると、落胆には追い討ちが掛かる。
鑑賞用に過ぎない球根栽培は禁止され、食糧としての米作に変えるよう国から命令された。
しかし、農民は見えない小さな畑地にチューリップをこっそりと植え、育て続けた。
「戦争が終わったとき」のために種を守り続けたのだ。
そうやって球根は維持され、戦後に復活した。
現在は350種、400万本になる。
おそらく球根栽培は、この村の命だったのだ。
その命を絶やすことがどんなに罪な事か、職業を超えて彼らは身につけていたのだろう。
そしてまた、私たちの心にもそういう球根があることを知るときがある。
それを守らなければならないと自覚することがあるのではないか。
◎ノノ◎。
(・●・)
「また、お会いしましょ」 2007年8月11日更新