アーサーおじさんのデジタルエッセイ359
日本鑑定トップ | デジタルエッセイ目次 | 前に戻る | 次へ進む 少年は、その地方都市で一番高い場所を目指した。
			それは新聞社の建物であった。
			この町は市電がゴトゴトと走っている。
			大きい行灯を掲げたスクーターのようなコンクリートの市電の駅は、「○○新聞社前」とある。
			 地方都市では新聞社は公共的な場所に属するせいか、小学生が入っていくことを、誰もとがめる者はない。
			広い玄関のアプローチを入ると、すぐ目の前に上階への階段が静まって聳えている。
			一度手摺を握り、そのU字にカーブした辺りから、上を見上げる。
			何度も何度もうねりながら、天空までの隙間を見届けることができる。
			眩暈がしそうである。
			あの遠くに見える天井まで行ってみよう。
			一段一段足を掛け、上空を目指す。
			少年は友人を伴っていたので、踊り場ごとに「おうい」と声を掛け、その差で生まれる、高低の感覚を受け留める。
			もっと先へ行くように勧め、手摺から首を出して、あはは、と笑う。
			随分と登った。
		

今度はU字螺旋状のうねりを上から見下ろすことになる。
			何か物を落として見たくなるが、適当なものを持ち合わせていないので、そっと唾を吐く。
			誰かに見つかると叱られるに違いない。
			振り向くけれど、階段は無人であって、階ごとに開いている扉の向こうから大人の声がするだけである。
			 最上階に着くと、窓の外はなんと明るい光りに溢れているのだろう。
			大きなガラスの窓に突進し、様々な建物を足元に見下ろす山上の爽快さに浸る。
			電信柱も電車のステーションも遥かに下方である。
			あのゴトンゴトンの電車さえ、忘れられた空き地のような灰色の天井を見せている。
			遠い町からの風を感じることができる。
			少年は「この町という単位」で最高の地点へたどり着いたのであった。
			 それから、その町にも様々な建物が増えたのだろう。
			大人になってから、その「○○新聞社前」に立つことがあった。
			顔を上げると空しかない。
			新聞社は上階を削り取られたのだろうか?
			そこには4階建の古びたビルディングがあるだけだ。
			おそらく屋上に登っても何も見えないだろう。
			せいぜい市電の悲しげな空き地のような天井が見えるだけだろう。
             ◎ノノ◎。
			             (・●・)。
         「また、お会いしましょ」  2007年5月6日更新