アーサおじさんのデジタルエッセイ273
日本鑑定トップ | デジタルエッセイ目次 | 前に戻る | 次へ進む 朝の駅の地下道では、JRからと地下鉄からの乗降客がごった返し、大きな二つの濁流がぶつかるところでも、みごとに人の流れは切り分けられて淀みない。
		
異質の海流が交わる海峡のようだが、渦も無い。
		
 靴音やお店の呼び声がザワザワと刻まれていく中で「カツン!」という音がする。
		
続けて「シュー」と何かが滑る音。
		
誰もが一斉に振り返る。
		
「すみません」という男の声もする。
		
見ると片足のハイヒールになった女性が、滑って前方に転がったヒールを追いかけているのが分かった。
		
後ろの男性が踵を踏んづけたに違いない。
		
といっても一瞬である。
		
ゆっくりと考えていたらこちらが踏んづけられてしまう。
		
続けて「パーン」という音。今度は反対向きの流れなので、すぐに見えた。
		
女性が傘を落としてしまったのだ。
		
危ない!拾おうと立ち止まる彼女の後ろからどんどん前方をふさがれた人達が迫ってつんのめりそうになっている。
		
高速道路の玉突き事故のように、あとからあとから人の動きは急には制御できないからだ。
		
誰もが自分に与えられた速度とレールを死守して初めて、全体のコントロールが生まれている。
		
 次の瞬間、「あ、これではいけない」と、体の中のなにかが叫んだ。
		
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これではいけない、と思ったのは人生のことだ。
		
 僕らは、他人の作ったルールのために、本当はそれでいのか考えもせずに、追われているのではないか。
		
みんなのために、自分の日常の遂行のために、立ち止まることができないのである。
		
どんどん世界は走って、どんどん物が生産される。
		
僕らはこの世界で、まず生産力のひとつとして、稼動しなければならない。
		
止まってはならない。
		
「あなたの人生としての時間は計算に入っていないのだよ」と声がする。
		
その構内で立ち止まる勇気は、誰にもない。この流れで生きていく限り、そのことを立ち止まって考えたり、確かめる時間は許されないのかも。
		
僕は濁流のやがて端にたどり着きながら悲しい気分になった。
			
			
			
		
「また、お会いしましょ」 2005年7月31日更新