アーサおじさんのデジタルエッセイ235
日本鑑定トップ | デジタルエッセイ目次 | 前に戻る | 次へ進むその後、「水木さんの家」がどうなったかと言うと、とうとう倒されてしまった。
住人の事情は分からないが、ある日いきなりパワーショベルがやってきて、木々には付番され、一本一本引き抜かれ、だんだん裸にされ、昭和初期のような家はバリバリと解体された。
裸にされたとはいえ巨木が一本残された。
住人と、闇のメルヘンの魑魅魍魎はどこに行ったのだろうか?
膨れ上がっていた樹木が刈られたせいで前の道路が太陽に晒された。
後方と左右のマンションに初めて陽が差した。
闇からギラギラの陽光に変わり、とまどって隣人はブラインドを下ろしているようだ。
小さな土地だが甲子園のような黒い場所が生まれた。
ここにあの奥深い家があったのだ。
何日か過ぎて、やがて黒い土に異変が起きた。
かわいい草の芽が生まれた。
いっせいに。
それはカレーの鍋の中に、細かく刻んだパセリをまんべんなく落としたようであった。
大きな古い樹林が去り、新たな草本の植生が始まる。
これは原始林でも繰り返される現象である。
森は「クライマックス」に達すると、植生は固定してしまう(極相)。
雷や山火事によって古い樹木が倒れ、その地面に太陽が照るとそれまで眠っていた草の種、木々の種が芽吹くことが出来る。
これを「遷移」と言う。
私はこういう森の事故のようなものまでが、自然現象と捉えるのだとは思ってもいなかった。
だから、ここも自然現象である遷移が始まったのだと考えてもよい。
また何日かして見る。
樹木に「遷移」の残像があるのに気づく。
それは白い紙にひらがなで「のこす」という三文字の張り紙であった。
それは自然と人工の中間のかわいらしい行為のようであった。
「また、お会いしましょ」 2004年10月23日更新