日本鑑定トップ | デジタルエッセイ目次 | 前に戻る| 次へ進む

第21話 夏の会話 


深いプールを覗きこんだ時のように空が平らに青い。
あの茶色の大きな犬が立っている。 長い毛に隠れて目は見えないが、舌は垂れて赤い。
「そんなに毛皮を着ていて、大丈夫?ひどい暑さじゃないか」
僕は心配して声を掛ける。
「旦那、家に洋服ダンスはありますかい?」
「タンス?あるよ」
「そいつぁ旦那専用ですかい」
「専用ってわけじゃないけど、あるよ」
「なにが入ってます?」
「背広とか、オーバーとか…」
「フン、冬のものも入ってるんだ」
「うん。入っている」

「そこですよ、旦那。おいらあ箪笥を持ってねえんだ。
うかつにこの毛皮脱いだりしたら、それこそてぇへん。
家の奥さんが着て行ったりしかねねえ。そしたら・・」
「そしたら…?」
「冬になって着る毛皮がなくなっちまう。困るからね」
「つまり、置き場がないんだ」
「そ、脱いだら掛けとくとこがねえ、って訳」
「なるほど。でも君は犬のくせにどうしてそんな言葉を使うんだい?」
「…ひでえよ。旦那。そいつぁ旦那の"翻訳"がわりいんじゃないか?」
「…成る程、偏見があるのかな。いや偏犬かな?」
僕はちょっと頭を下げて謝った。
「ワン」 と一回吠えてからは、もう、彼は答えてくれなかった。

           ◎ノノ◎
           (・●・)

   「夏ばては、幻覚を誘う」 2000年8月2日


日本鑑定トップ | デジタルエッセイ目次 | 前に戻る | 次へ進む