深いプールを覗きこんだ時のように空が平らに青い。
		あの茶色の大きな犬が立っている。 長い毛に隠れて目は見えないが、舌は垂れて赤い。
		「そんなに毛皮を着ていて、大丈夫?ひどい暑さじゃないか」
		僕は心配して声を掛ける。
		「旦那、家に洋服ダンスはありますかい?」
		「タンス?あるよ」
		「そいつぁ旦那専用ですかい」
		「専用ってわけじゃないけど、あるよ」
		「なにが入ってます?」
		「背広とか、オーバーとか…」
		「フン、冬のものも入ってるんだ」
		「うん。入っている」
		
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「そこですよ、旦那。おいらあ箪笥を持ってねえんだ。
		うかつにこの毛皮脱いだりしたら、それこそてぇへん。
		家の奥さんが着て行ったりしかねねえ。そしたら・・」
		「そしたら…?」
		「冬になって着る毛皮がなくなっちまう。困るからね」
		「つまり、置き場がないんだ」
		「そ、脱いだら掛けとくとこがねえ、って訳」
		「なるほど。でも君は犬のくせにどうしてそんな言葉を使うんだい?」
		「…ひでえよ。旦那。そいつぁ旦那の"翻訳"がわりいんじゃないか?」
		「…成る程、偏見があるのかな。いや偏犬かな?」
		僕はちょっと頭を下げて謝った。
		「ワン」 と一回吠えてからは、もう、彼は答えてくれなかった。
		
		           ◎ノノ◎
		           (・●・)
		
		   「夏ばては、幻覚を誘う」 2000年8月2日
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