アーサーおじさんのデジタルエッセイ171
日本鑑定トップ | デジタルエッセイ目次 | 前に戻る | 次へ進む先日ショックだったことがある。
『世界うるるん紀行』で「アマゾンのぉ少数部族をぉたずねるぅ〜〜。」という内容で、もう6人になってしまった森の一族と生活をする若者の話だった。
言葉も通じない裸(腰のフサひとつ)の家族に少しずつ入り込み、別れるまでの彼の苦労が素晴らしかった。
彼は仲良くなったはずみで、一族の「魚釣り」を知りたくて、ジェスチャーでそのおじさんに頼んだ。
おじさんは理解してくれて、生き餌のイモムシをバナナの葉で包んで、森の中を何時間も歩く。
すると、小さなせせらぎ程度の川に着いた。
小さな竿で4人は魚を釣り始めた。
部族の3人はすぐに釣れた。若者はなかなか釣れない。
それを皆で笑って見ている。やっと、一匹の金魚ほどの小魚がかかった。
ショックだったのは、その後だ。すると部族の主は、さあ、帰ろうと言う。各自、金魚が一匹ずつ。
自分の分を釣って終わり。何時間もかかったのに、小鮒程度の収獲で帰る。
ジャングルの中で若者は道に迷う。やっと4時間ばかり掛かって帰りつく。
その間、一族は何も食べずに待ってくれていた。そして楽しそうだった。何もない。
しかし欲しがらない。でっかい「クーラーボックス」を満杯にするようなことはしない。
通勤電車に『アリナミンV』の広告がある。疲れた顔をドリンク剤で隠し、“個人ロケット”に乗って「さあ、頑張ろう!」と会社に出勤する。
別のドリンク剤のCMでは男が暗い顔で「疲れがなんだ!!」と筋肉を痙攣させている。
いつも僕らは自分の必要分以上に獲物を釣り続ける漁師であり、疲れてはならないマシンであるのだろうか?
あるいは、釣りに出ても、職場なみに“業績”を追い続けるのだろうか?
森の一族が、新たに生産したのは「バタバタ?」とか言う、おちんちん隠しの小さな房が一個であった。
若者が欲しがったので作ったのだ。それまで6個しかなくて、おばあちゃんのを借りたら、おばあちゃんが怒ったからだった。
「また、お会いしましょ」 2003年7月30日更新