萬葉集の旅、第一話は、花の歌です。原文、次いで読み、現代語訳になっています。千数百年前の言葉をわかりやすく解説するように努めますので、楽しく読んでいただければいいなと思っています。
大宰少貳 小野老 朝臣 歌一首
青丹吉 寧楽乃京師者 咲花乃 薫如 今盛有
あをによし 奈良の都は 咲く花の にほふがごとく 今盛りなり
青丹よし(枕言葉)奈良の都は、咲く花の色香が艶やかに匂い
映え、今盛りです。
奈良の「枕詞」。あをに、は緑青(ろくしょう)で顔料につかっていた。「よし」はその産地をほめた言葉。
寧樂、平城などの字で書かれていました。奈良の都については、あとでコメントします。
この花は櫻という説(武田祐吉「萬葉集全註釈」)と、その季節、奈良に咲いていた花の総称という説(伊藤博「萬葉集釈注」)がある。
色がが映(は)えることを萬葉時代は「におう」といった。この句では「薫」を使っており、花の香(かお)りの匂うことをも含んでいる(伊藤博「萬葉集釈注」)。
小野老は、養老3年(719)従五位下。天平元年(729)従五位上、この前年の神亀五年(728)頃、大宰少弐として大宰の帥(そち)大伴旅人の配下にあった。天平九年(737)六月大弐従四位下で没。この歌から335番歌までは、大宰府での宴会の歌がまとめられている。(西宮一民「萬葉集全注」)
萬葉集の旅は、よく知られている華やかな歌から始めましょう。日本人は萬葉初期の時代には、漢字を使って日本語を表現しました。萬葉集を現代人が読んで、とまどうのが枕詞(まくらことば)です。普通の現代語訳では、枕詞を省いてしまうのですが、それでは千古の歌の心が伝わってきません。枕詞は土地ぼめや、ものぼめの呪詞(まじないことば)として発生したので、幽玄な雰囲気を持ち意味不明な言葉が多く、現代語に置きかえることはむずかしい(伊藤博「萬葉集全注」)。呪的雰囲気を反映する枕詞は、できるだけ大切に扱い、千古の時代が肌で感じられるような萬葉集迷訳にしたいと思います。