アーサーおじさんのデジタルエッセイ405

日本鑑定トップ | デジタルエッセイ目次 | 前に戻る | 次へ進む

第405 春の扉


 人は長い時間には、何度か引越しなどするものだ。
それでも春先に、とつぜん「ホー」と声がして「ホケキョ!」と聞こえてくる。
あ、ここにも来てくれた、という思いである。
12月にはサンタクロースがノルウェーあたりからデリバリーされる。
では春の鶯はどこからデリバリーされるのだろうか?
どうして春先だけなのだろうか?
 十数年ほど前に、休暇をとって一人で長崎県の過疎の島に行ったことがある。
温かい日差しの中を車を飛ばしていった。
半島から車ごとフェリーに乗り込む。
渡った島をさらに縦断し、また次の島に渡るのだ。
その行程はひたすら静かな道路を走るだけだ。
対向車もなく、中央線と白い雲を見ながらハンドルを動かす。
時おり、中層の団地群がそびえているが、様子が変だ。
降りてみると人気(ひとけ)がない。
ツタが絡んで草がはびこっている。

見捨てられた無人の団地であった。
入り口には×印に板が打ち付けられていた。
炭鉱景気で沸いた昭和中期には多数の家族が住んでいた。
草に覆われた無人の広場では、お祭りや運動会も行われたはずだ。
島の端に近づくと、道に迷った。
気が付くと行き止まりで、森の壁であった。
私は車を降りた。
 息が止まった。
 明るい光の中で、たくさんの鶯が一斉に鳴いていた。
姿は見えないが森の木々が鶯を、小さな果実のようにたわわに実らせているのが分かった。
「こんなところにいたのだね」と声を出した。
 −−実際には春にだけさえずるわけではなく、繁殖地では渡来してから渡去するまでの長い間、場所によっては8月中旬までさえずっています−−−山登りする人なら盛夏まで聞くことができます−−と、さる資料にある。
 でも、いくら言われても、それを見るまでは疑問が解けた気がしない。
 校長先生が生徒に、「人間はみんな才能があり平等なのです」と言うくらい実感がない。
 わたしは童話の主人公のように、やっと鶯の国に辿り着いたのだった。


             ◎ノノ◎。
             (・●・)

         「また、お会いしましょ」 2008年4月6日更新


日本鑑定トップ | デジタルエッセイ目次 | 前に戻る | 次へ進む