アーサーおじさんのデジタルエッセイ347
日本鑑定トップ | デジタルエッセイ目次 | 前に戻る | 次へ進む 法師温泉というところに、一軒の宿がある。はっきり言って、有名な温泉宿だ。
明治時代の案内にも昭和初期のガイドブックにも、ここなら老舗として出ている。
それはしばしば、人の「夢に出てくる場所」なのである。
どうぞ、と通された客間の横には暖簾がある。
もっと奥へと言われたが、その暖簾をめくってみると、その先には相撲の升席のように田の字形に区分けされた湯殿が遠くまで並んでいる。
もうもうとした湯気の奥はなんにも見えない。
細胞のような裸電球が発光して揺らいでいる。
そこに数人の湯に浸かる客が居て、顔などのっぺらぼうで見えないのに誰だか分かるのである。
親戚のおじさんではないか。随分会っていないので、照れくさい。こちらが分からないように挨拶をする。
「まあ、久しぶりだねえ」と悟られている。
その人は故人であったかどうか、夢の中では判断がつかない。
朝に目覚めれば分かるだろう。
とはいえこの光景を記憶していたら、のはなしであるが。
湯から上がると、濡れた足で焙じ茶色の古畳を踏む。
それは湿って盛り上がってボコボコしている。
踏むと何かが悲鳴をあげ飛び出していく。部屋はレゴのように組み合わさって、つながって山の中腹まで伸びている。
どこまで行っても廊下と厨房ばかりで、座れる部屋には行き着かない。
過剰に螺旋階段が多い。
それも小さい。
人の体がやっと抜ける程度である。
上がったり降りたり、一体ここが地上なのか、地下なのか。
廊下の途中で何かを失った気がする。
そういえば荷物も何もどこかに無くした。
おまけに自分は下着のままのような気がする。
こうやって法師温泉は百年以上もの間、夜とともに、人間の夢のうめきとともに増殖し続けているのであるが、地図の上では相変わらずの大きさである。
「また、お会いしましょ」 2007年2月11日更新