アーサおじさんのデジタルエッセイ285

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第285 ほめられる危険


 人が人生を間違うのは、やったことを褒められるからだ。

「偉いなあ、やるなあ。頑張れよ」とか言われて、働きを期待されて頑張る。

仕事をどんどん与えられ、望んだことかどうか考えないうちに、相手の土俵で命をすり減らす。

褒められて、働かされて捨てられる。時代は変わる。

世界は変わる。「あ、君もういいよ。それ古いよ」と捨てられる。

 本当は捨てられても、悔やむことはない。自分自身を生きていれば、捨てられた、だまされたと思うこともないはず。

問題は、他人が褒めながら目の前にぶら下げる“ニンジン”を追うからだ。

それが人生の目標のように思い込んで走るからだ。

“ニンジン”はいつでも遠ざかる。

そうして休まずに働かされる。

本当は自分はどこに行くべきだったのか?

 たぶん誰でも、自分の中に“ほめられたい子供”が住んでいる。

小さな仕事も大きな仕事も、その子供に引き摺られるかもしれない。

いつの日か、その子供をほめるのが、気まぐれな風の流れのような他人ではなく、大人になった自分自身であるようにしたいものだ。

             ◎ノノ◎
             (・●・)

         「また、お会いしましょ」 2005年10月24日更新


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