アーサおじさんのデジタルエッセイ245
日本鑑定トップ | デジタルエッセイ目次 | 前に戻る | 次へ進む朝からベランダの外の空が暗いと思っていると、怪しい空模様になってきた。
次に気が付いた時には、シャラシャラと雪が降っている。
眠っているような、押し黙っているような雪である。
花びらのように空気を滑って下りてくる。
着地の瞬間には確かに一枚一枚から音がするのに、世界は沈黙に満ちている。
列を成している雪片が互いに音を消し合っている。
息が止まるような静けさが生まれている。
ベランダから眺める風景が次第に青森県のようになってくる。
私は青森には行ったことがない。
でもスイスみたいではない。
墨で描いた掛け軸の絵のように、縦長の画面の上部は真っ白のまま。
下の方に黒くちょこっと引かれた線で建物の輪郭が見える。
屋根は真っ白であるから描かれていない。
屋根と屋根の間が黒く塗り潰されているのである。
そして黒の中に白い点が打ち込まれる。
実際には風のせいで雪は揺れている。
短い白線に近い。
薄墨でぼかされた遠い雲の下は厚い落雪の真っ最中なんだろう。
風景はこんなふうに色彩、音声を失っていることもある。
我々の魂を打つ。
飼い主に紐牽かれヨチヨチと、積もり始めたアスファルトの道を踏むブルドッグ。
動物の目は何を見るのだろうか。
水墨画を知らない彼らには。