アーサーおじさんのデジタルエッセイ155
日本鑑定トップ | デジタルエッセイ目次 | 前に戻る | 次へ進む階段を下りた時からいやな予感。今日も電車は満員で、どこかで人身事故があったらしい。
ドアに向かって突進してもたぶん入れない。
無理してドアに挟まった人が、あきらめなさい、と降ろされていた。
しかし、こんなに混んでいなくとも、ある日の電車は恐かった。
数日前、乗りこむと、何故か吊り革の位置まで運ばれて、座席の前に立つことが出来た。
左は女性の肩に触れる場所だった。
混んでいる時のように変な姿勢でもなくほっとしたところだった。
電車が走っている最中に突然、横の女性が「それが・・セクハラって言うんだよっ」と声を出した。
車内は走行音以外はなく、静かだった。
周囲の人間が一斉に彼女の方向を見た。
前で座って眠っていた人も顔を上げた。
しかし声の発声者は、吊り革を握りただ立っているだけだ。
みな一瞬で不審を感じたが、すぐに顔を戻した。
何も起こってはいないのだ。僕も不安を感じた。
左手は吊り革、右手は鞄だから自分への疑いは持たれないが、彼女の内面の嵐を感じた。
彼女は今、頭のイメージの中で「目の前のセクハラ」と戦っているのか。
これから行くオフィスでの準備をしているのだろうか。
『大変だな』と同情しながらも、こちらの体制は固くなる。
そのうちに独り言を始める。
「いら、いら、いら、いら、いら、いら・・」
「顔、覚えた!」などと整合性がない。
そして何度も「ハアーーッ!」と大きな溜息を回りに遠慮なく吹きかける。
彼女は傷ついている。
オフィスも戦場である。
様々ないやなことが起こる。
戦場に向かう心の緊張が破裂しているのだろう。
でも、電車に居合せた人々に対しては一種の八つ当たりでもある。
被害者と加害者を入れかえることで解決は付かない。
行き場のない、治療法のない病が都会には増えていると思う。