アーサーおじさんのデジタルエッセイ121

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第121話 憧れに憧れる


1964年、それほどでもない昔のこと。新聞配達をしていた中学生が、ハワイ行きの船に密航した。稼いだ金で、自転車もステレオも買えたが、憧れのハワイには、どうしても手が届かなかったからだ。戦前から「天竺」とも呼ばれ、天国に近い国であった。米国は密航者が増えることを懸念し、彼にはハワイの風景を見せることもなく、強制送還してしまった。帰りは航空機であった。(中公新書「ハワイの歴史と文化」2002・6・25発行)

13歳?+38年。現在51歳程である彼は、もう、何度かハワイに足を運んだろうか?勤勉な彼のことだから、今は立派に成功して海外など年中飛び回っているのかも知れない。ワイキキのハレクラニホテルでは上得意、そしてベンツでゴルフ三昧、かもしれない。

憧れのハワイ!

しかし、これは成功物語ではない。深い失恋の物語であろう。彼が憧れたのは、まだ砂糖キビ畑や、日系人の労働者が健在であり、ゴルフ場もチョコレートもブランド店もない、ハワイが「ハワイ」を模索している時代の、あの『空気の青いハワイ』である。パック旅行でも初任給の2年分の費用であり、海外出張は新聞に名前入りで掲載されたという時代。ハワイが太平洋の遠くにあった頃の、『心の中のハワイ』には、彼は会うことが出来なかったのだから。

こうやって見ると、憧れというものが、対象側に存在するものではなく、自分の方にあることが感じられる。

今、欲しいものは商品の形で「カタログ」通りに注文すればよい。僕も中学生の頃、あんなに沢山の憧れを持っていた。その胸の奥にあった『憧れ』にこそ、今憧れている。

             ◎ノノ◎
             (・●・)

     「また、お会いしましょ。」 2002年7月28日更新


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