紙に赤チョーク、ペン、インク。19.8cm×16cm。1505年から1508年頃の作品。奇妙な植物は百合の一種。レオナルドの素描の中で、科学的な観察と、芸術的な空想の見事な調和をなしている。
<レオナルドの言葉>
十分に終わりのことを考えよ。まず最初に終わりを考慮せよ。
(H, 119.r)
奇妙な魔女
冬の畑はひやりと霜が降りてくる。黒い土はますます漆黒に引き締まり、温度を下げていく。引き締まった膚の表面にはうっすらとした白。真っ黒に日焼けしたカメハメハ大王に生えた白い髭のよう。世界中が水墨画になって物音ひとつしなくなる。突然、「ギーッツ!」と冬の鳥が鳴いて灰色の空に引っ掻き傷を残す。その傷にも霜が付く。
しかし、ひとたび土に近づけば、人は驚くものを発見するだろう。その墨色の海に隠されたものは、恐ろしいほどの原色達であるから。
もう少し時間が経ち、冬が体力を弱めた頃、黒々とした土の下から、美しげな南洋の緑色の葉が生まれる。剣のように立ち上がり「ねぎ」となる。1アールばかり先では、モコモコと煙のような葉を噴出したかと思えば、血のように真っ赤な「人参」が膨らんでいる。不審に思う人があれば、その作物の下の土を掘り返すのが良い。きっと原色の秘密が隠れている。しかし100センチ掘っても、緑や紅の元は一向に出て来ない。黒い海はいつまでも、黒く波打ち荒れるばかりだ。
実りのパレットに顔料をもたらしたのは、なんとも植物自身であったのだ。黒い土から原色を吐き出した。君、植物を馬鹿にするものではない。植物は天才であり魔法使いであり、奇跡であり、幻覚の体現である。そこには無いものは、無い。夢。虚偽。囁き。女性性。鋭さ。無関心。舞踊。厳格。うねり。精緻。乱雑さ。闘争。優しさ。媚薬と毒薬。過去。誘い。
見よ。この騒がしさ。うっかり出くわした者の目を引き付け、逸らさせない。吐き気を感じても、目を離すことを恨み嫉妬する。音をたて、うねり、身を捩り生き物の持つすべての妖艶さと醜さを震わせ、衆目を呼び込む。血であれ、葉脈であれ、だらりと吐き出し風景を染める。大地を捨てて走り出しさえする。
わがレオナルドも逃れられない。「万能の人」もひ弱に捕まっている。彼も逃げ出そうとばかり銀のペンシルで描き棄てなければならなかった。
《アーサー記》
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