淡褐色の色紙、銀筆。18.2cm×15.9cm
この習作はルーブル美術館所蔵の「岩窟の聖母」の天使に使われている。
〈レオナルドの言葉>
メディチは私を育て、かつ滅ぼした。(C.A,159.r_c)
悪い夢のように
疲れきった体と目は、日常のいつもの風景を変えることができる。いつもの地下鉄の駅。いつもと同じ幅の階段を同じ段数だけ降りたところで、立ち止まる。洞穴の風を受けて立つ。地面の床石が足の裏から入り込む。洞穴の奥から、ジュラルミン製の獣の吠える声。「オオーうっ……」これも聞こえなくなる。
何本かのコンクリートの柱の向こうに暗い河を挟んでの岸壁があり、人々が力無く立っている。草臥れた背広、ジーンズ、そしてスカートのくすんだ色。こちらを訳も無く睨んでいる男、女。攻撃的でもなく、好意的でもない。壁の階段から一つの人型が下りて来る。すんなりとした肉体がしなって移動する。柱の一本に近づき持たれ掛かる。何かが目覚める。
「君は誰だっけ?」知らないはずの君。13歳の頃、どこかで見た風景。ここから声をかけようか?胸が騒ぎ始める。電車が入って来る。姿が霞み、ガラスの光沢に紛れる。口を開けたが、声も掻き消える。
太った男やギラギラの女達の体が通り過ぎ邪魔をする。2台の車両が重なって自分を引き摺る。あれは外国の人か?四枚のガラスを通して、ほんの一瞬姿が見える。もはや彼女は僕の小指の爪ほどの大きさになっていた。
あれから会ってはいなかった。遡って、16世紀の絵に現れた。彼女はイタリアの人だったのだ。
《アーサー記》
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