アーサーおじさんのデジタルエッセイ112

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第112話 誰も知らない、さくらんぼ


なんか、イイことないかな。

という気持ちであっても、突然ハワイや、カリブに行けるわけでもない、普通の日々。

普通のお昼どき。

どこか東京都23区のオフィスの周囲。

背広に手提げバッグのまんまで、杖や箒もなければ、空に飛び立つわけでもない。

いつもの通勤路の細長い公園のベンチに座る。おー、これがやけに気持ちがいい。

太陽に照らされたベンチはあったかいし、風は緑の匂いがする。

目の前にはすっかり葉が生い茂った桜の木がゆらゆらと揺れている。

お、もういいこと見つけてしまった。

一円玉くらいの禿げ頭のようなサクランボが天の方に幾つも見える。

まだ、色は緑から黄色。でもしっかりとりんごのような張切った肌で膨らんでいる。

僕は、今日の“出来事”を決心した。あれを食べよう。

『農薬はあるか?』幹を見ると、虫の一匹も見当たらない――除虫剤あり。

(昔、桜の木には牧場のように毛虫がついていた)一個をもいで、そっと、バッグに忍ばせ、高層ビルのトイレでよく洗う。

さて、歯を立てる。

もちろん固い。

「カリリ!」と高い音がした。あ、堅めのタクアンを噛む音だ。

産地の名前もない、原始人の桜ん坊。

誰かが気付かないと熟して落ちるか、カラスでも啄ばむのだろうか。

すっぱくて、堅い。歯と舌で「5月」に触れた。

             ◎ノノ◎     
             (・●・)

         「また、お会いしましょ。」2002年5月25日更新


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